story

あたしたちのため

ややの予想はずばり的中していた。


「久しぶりの風呂掃除だったから、つい細かいとこまでやっちゃったよ」


ご主人様は冷蔵庫から新しいペットボトルの緑茶を取り出しその蓋を開けると、飲み口に口を付けた。
よほど喉が渇いていたのだろう、500mlのペットボトルの中身はみるみるうちにご主人様の口の中へと消えていく。
半分以上を飲み終えたところで一旦息を吐き、再び口を付けると今度はそのままそれを飲み干した。


「普段からちゃんとやらんからそんなに大変なことになるんよ?」


ご主人様の様子を見ていたややが苦言を漏らす。
私は疑問に思った。


「ご主人様はお風呂掃除はあまりしないの?」


うちのご主人様はマメな性格なのだ。
ここ数日見ているが、部屋はきちんと整理され定期的に掃除機をかけるし、手が空くと粘着シートを転がす掃除用具で床のゴミを取っている。
そんなご主人様がお風呂の掃除はあまりしないなんてことは想像ができなかった。


「あんまりしないよー。
お風呂掃除するのはお風呂に入るときだけやね」

「そうなんだ。
お部屋はいつも綺麗にしているのに、ちょっと意外」

「あはは、そう言われたらそうやね!
お部屋を綺麗にするのはあたしたちのためっていうのもあるんよ」

「そうなの?」

「うんうん、埃とか多いと髪に絡まったりしちゃうやん?
あたしも嫌やけど、ご主人様もそういうのすっごく嫌なんやって。
まぁ、掃除とか整理整頓はご主人様にとって趣味みたいなとこもあるけど。
お風呂はあんまり長く居る場所じゃないから、あんまり気にならんのかも?」

「なるほど・・・」


わかるようなわからないような感じだが、私はとりあえず頷いた。
もしかしたらご主人様にとって部屋の掃除とお風呂の掃除は何かが違うのかもしれない。
部屋の掃除は苦ではないけどお風呂の掃除はめんどくさいとか、そんな感じなのではないだろうか。


「普段からちゃんと掃除して、もっともっとお風呂に入ったらええのにね」


ややは口を尖らせる。


「お仕事が忙しいから仕方ないよ」

「そうかもしれんけど!」


ややはよほどお風呂が好きなようだ。
言葉の端々からそれが伝わってくる。
きっとご主人様はややがこんなにもお風呂を好きだということは知らないだろう。
私たちにそれを伝える術はないからだ。
だけど、もしそのことをご主人様が知ったら、ご主人様はきっとこまめにお風呂掃除をして、もっとお風呂に入る日を増やしてくれるのだろうと思う。
私はどうにか思いが届かないかと、飲み終えたペットボトルをリサイクルの為に洗うご主人様を見つめた。
するとふいに聞きなれない電子音が流れた。


「お風呂の音!」


ややが歓声を上げる。
どうやらお湯張りが終わったという合図のようだ。
それを聞いたご主人様は水道の水を止め、こちらに来ると私を抱きかかえた。


「さーって、ゆうみ、お風呂に入ろうなー。
ややは今日はお留守番な」


そう言って、私が状況を理解する間もなく部屋を出て扉を閉める。
閉まってしまったドアの向こうから、ややの奇声が聞こえた。

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