story

頑張れって

(近付いてきた・・・?
それとも、別の?)


さっきまで壁の向こうで音を出していたものが、どうやってかはわからないけれど、台所へ移動して音を出しているのだろうか。
響くような感じは最初に聞こえていた音と似ている。
音の大きさだけではない。
最初の音はまるで歌のように、一定の間隔で音の低さや大きさが変わり、微かだがリズムがあるようだった。
今響いている音は音の大きさは大きいが、リズムは一定で単調である。
途切れることもなく、音は鳴り始めてから今までずっと同じ調子でなり続けていた。
そこで私はあることに気が付いた。


(もしかして、ひとりじゃないのかも?)


音の様子が違う事や、ドアが開く音が聞こえなかったのは、もしかしたら壁の向こうにも台所にもそれが居るからではないだろうか。
壁の向こうの音はすっかり落ち着いてしまったように思ったが、実はこちらの音が大きくて聞こえないだけかもしれない。
もともと微かな音だったし、それは十分にあり得る。


(でもそれだと、この音を出しているものはずっと台所に居たってことに・・・!?)


電気が点いていた時は何も居なかったはずだ。
もっとも、凝視したわけではないが。
何か居るならご主人様が気付いているだろう。
もしかしたらそこに居るのが当たり前すぎて敢えて見ないふりをしているという可能性も無くはないが、それならそれでややが何か知っているだろう。
そう言えば寝室へ行ってしまう前にややが何か言っていたっけ。


(頑張れって、もしかしてこれのこと!?)


知っているなら言ってくれてもいいのに。
あんなふうに言うってことは、きっとややは知っていたのだ。
もしかしたらややも過去にリビングで夜を明かした際に同じ体験をしたのかもしれない。
だとしたら、きっと恐ろしいものではないのだ。
全部言う前に寝室に連れていかれてしまったから、言えなかったのだろう。
なんとなく、ややも同じ体験をしたと思うと気が楽になる様な気がした。
ややがなんともないのなら、きっと悪いものではないのだ。
それなら目を開けてもいいかもしれない。
私はぎゅっと閉じた目蓋の力を緩めた。
怖くないわけではないが、ややが同じ体験をしたかもしれないという思いが恐怖心を薄めてくれた。


(少し、見てみよう)


そう思った時だった。
一定だった音が、さらに大きくなった。
胸の辺りがざわつく。
今まで感じたことがない気持ち悪さだ。
元々怖がりではあるが、今まで感じたことがある怖さとは違う気がする。
今までは怖いと思うことがはっきりしていた。
今は自分が何に怯えているのかわからない。
わからないけど、怖い。
目を開ければその何かが解るかもしれない。
はっきりさせてしまえば恐怖は薄れる、と思う。
でも、それを見てしまうのも怖かった。
音はまだ続いている。

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