story

一生忘れない

ご主人様の言葉は、すぐに発せられた。
それは一瞬のことだった。


「名前はゆうみだ」


この時のことは、一生忘れないだろう。
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
ご主人様の口から放たれた言葉が温度を持ち、それがそのまま私の中の心の芯に埋まったような、その言葉の力に心が動かされたのだと思う。
一時、ほんの一時だが、まるで切り取られたかのように時が止まったように感じた。
衝撃、というのだろうか。
強く心に働きかける何かがあったのだ。


(ゆうみ・・・これが私の名前・・・)


どんな名前でも私は受け入れていただろうと思う。
ご主人様にいただけるものならきっと何でも嬉しかっただろう。


(素敵な名前・・・!)


私は私の想像以上にその名前を気に入った。
とてもやわらかで甘美な響きがそこにあったのだ。


「夕方だから夕、みは海で夕海・・・
瞳が海みたいなブルーだからな。
我ながら安直過ぎだったかな」


左にある窓の方を見ながらご主人様がハハッと自嘲するように笑う。
そんなことない、と私は首を振って否定したかった。
ご主人様が私の為に、私にくれたのだから。
とても素晴らしい名前だと私が思っていることを伝えたいと思った。


(夕方の夕に、瞳の色から海・・・
とてもきれいな名前なのね)


私はますますその名前を気に入った。
ご主人様しか見えていなかったため気付かなかったが、今は夕方だったのだ。
見れば部屋全体がふわりと熱を帯びたような色をしている。
強く光の差し込む方向、窓の向こうを見ているご主人様の顔が夕方の日差しを受けて温かな橙に染まっていた。
窓の外ではきっと日が沈みかけて赤く、煌々と燃えているのだろう。
そちらを見ることができないのが少し惜しい。
この名前の由来である夕方を目にして、名前をもらった日の、この時間の夕陽を記憶に残したい。
少しでもこの日のことを詳細に、鮮明に残したいと思った。
どうにか少しでも視界に入れようとそちらに注視するが視界が広がることも動くこともない。
ただ端にかすかに橙が滲むだけだ。
その橙を見て、ふとある考えが浮かんだ。
私の海色の瞳、それは私が見ることのできないものだが、それが夕陽を映すとどうなるのだろうか。


(夕陽を受けたら私の瞳は海の色じゃなくなっちゃうのかな)


私の知っている海の色は青だ。
もともとは薄い色をしているはずのご主人様の肌色が橙色に染まっているのを見ると、私の瞳も夕陽の光を受ければ同じように橙色になってしまうのかもしれない。
それは嫌だな、と思う。


(それなら窓の外なんて見られなくてもいいや)


夕陽を受けるご主人様の顔が見られる。それだけでいい。


(私はご主人様のドール、ゆうみ。
夕方に生まれて、海みたいな色の瞳の夕海)


繰り返せば繰り返すほど、その響きは甘くやわらかで、私を温かい気持ちにさせた。

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