story

帰らなきゃ

ずっと歩いているが、地平はまだ遠い。
そもそも地平になど辿りつけるわけがないのだから、仕方がないのだが。
それでも私は歩き続けていた。
さっきご主人様のことを思ったせいか、もうこの夢を終わらせたいと思いながら。


「なんだか、ご主人様に会いたくなっちゃった」


ぎゅっと体を抱く。切なかった。
ほんの少し前までご主人様と触れ合って一緒に眠ったはずなのに、何故だかそれがずっと昔のことのように思えた。
遠い日を思うように、あのご主人様と眠ったあの寝室やややが居たリビングを思い出す。


「帰らなきゃ。
この夢、どうしたら覚めるんだろう」


夢だとわかっているのだから起き上がればいいのだろうけど、やり方がわからない。
普通なら体が目覚めれば意識も現実に戻るはずだが、今、体はここにあって歩いているのだ。
どう目覚めるというのだろう。


「目が覚めなかったら、どうしよう」


私はだんだんと早足になった。
ここに囚われてしまったのではないかと、不安になり始めると嫌なことばかり考えてしまう。
始めはとても綺麗に見えていた景色が徐々に姿を変え、雲の大地は硬いアスファルトに、黄昏色の天井は深い宵闇へと次第に姿を変え私の不安を煽った。
足の感覚はないが、踏みしめる大地は冷たく感じる。
私の心の有様で、世界は変わるようだ。
じりじりと焦りや不安が後ろから追ってくるようで、だけどそれを確かめるのは怖いからただ前だけを見て、ひたすら進む。
遠くに見える光が希望に見えた。


「そうだ、あれに追いつけば目覚めるかもしれない」


そう思うと、始めからそのためにあの光を追いかけていたような気がする。
ぼんやりとした目的が明確になると、歩いてなんかいられなかった。
地面を蹴る。
少しでも早く移動したかったが、軽かった体は重さを取り戻しもう飛べなくなっていたため、ただ光だけを視界に入れて真っ直ぐ駆けた。


「もう少し、もう少し」


遠かった光は駆けてみると意外と近く、手の届きそうな位置まではあっという間だった。
だが意地が悪く、届きそうになると届かないのだ。


「なんでっ」


私は苦々しい思いを噛み殺しながら手を伸ばすが、届かない。
すぐそこにあるのに思ったように進まないのだ。
全力で駆けてはいる。だが、進まない。
壁があるわけでもないのに、私の身体は前へ進んでいなかった。


「どういう、こと!?」


必死で地面を蹴るが、押し戻されているでも光が動いているでもなく前には進まない。
何度も何度も試し、それでも光との距離は縮まることはなかった。
まるでベルトコンベアの上を走らされているような、そんな状態だった。
私は絶望し、その場に座り込む。
先ほどまでの疲れの無さが嘘のように疲労し、立っていることさえままならなくなっていた。

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