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心当たりはない

いつも背もたれが背中を守る様にぴったりと貼り付いているから、それが無くなると背中がすーすーとして心許ない感じがした。
思えば、この座椅子も夜一人で眠るソファも、座って居る時はいつも背を守る様に背もたれがあったのだ。
せっかく背もたれがあっても、もたれ掛かっているという感覚は無い。
私たちは長時間座って居ても疲れないのだ。
だから有っても無くても問題はないのだが、いつも有るものが無いというのは気持ちが落ち着かないもののようだ。


「せっかくの新しい服にすぐ皺作りたくないから、今日はこのままで寝るんだぞ」


ご主人様は私の頭をぽんぽんと優しく叩くと立ち上がる。
いつものソファだと身体が沈み込んでしまい、どうしても服に皺が付いてしまうのだろう。
だからパジャマが必要なのだ。
しかし、ラブドールの着替えというのはどうしてもそれなりの手間がかかってしまう。
だって自分から動けないから、全部やってもらうしかないのだ。
まだ着替えをしたことはさっきこの服を着た一度しかないが、腕をあっちに引っ張ったり指が引っかからないよう気を付けたり、反対を通したと思ったらもう一方が入りにくかったり沢山あるボタンを留めたりとなかなか面倒そうだった。
お世話してもらえるのは嬉しいけれど、これを毎回するのはさすがにご主人様も大変だろう。
それに、着替えが必要なのは私だけじゃない。
ややもいるから大変さは二倍なのだ。


「私は大丈夫だよ。
おやすみなさい、ご主人様」


私はご主人様の背中に言う。
私の事はいいからご主人様に早く休んでほしいと思った。


「ゆうみちゃんは今日はここでおやすみなんやね。
がんばやで!」


何故かややは憐れむような視線で私を見る。
なぜ励まされるのだろう。
何処で寝ても、眠るということには変わりないだろうに。


「え、それってどういう・・・?」


嫌な感じがして、私はややに訊ねた。
毎日長時間を過ごしているすっかり見慣れたこの部屋に、一体何があるというのだろう。
そんな頑張らなくてはいけない様な事があるのだろうか。
考えてみるが、まったく心当たりはない。
だって、ただいつものように眠るだけなのだ。
場所は違うが、だからといって眠れないわけではないだろう。
実際、ご主人様の寝室でも私たちの寝室でも、これは眠るといっていいか迷うところだがご主人様が出勤された後の日中の居間でも、同じようにいつの間にか眠ってしまうのだ。
だから場所は、どこであってもあまり違いはないのだろう。
違いが出るとすればご主人様が居るか居ないかだが、今日はややが寝室に連れて行ってもらう日だから私には関係がない。
居ない時はただただ気付けば眠っていて、いつの間にか朝なのだ。

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