story

内緒話か?

程無くして、薄茶色のビニール袋を引っ提げたご主人様が戻ってきた。


「ただいま、二人ともちゃんと仲良くしてたか?」


ビニール袋を私とややの視線がぶつかるテーブルに置くと、二人の頭を順番に撫で上着を脱いで座椅子に腰を下ろし、ビニール袋から弁当を取り出した。
その弁当は温かいようで、フィルムをはがすと美味しそうな香りと共に湯気が昇った。


「ばっちりやで!な、ゆうみちゃん」


ご主人様の言葉にややが答える。
彼女の元気な返事に気圧されるように私はうんと小さく返事をした。
ご主人様には聞こえていないのに、返事をするということに少し驚いたのだ。
私もややと話せるということがわかるまではご主人様に話しかけていたが、通じないと分かった今その行為に意味があるのだろうかと思ってしまう。
言葉の届く私が来たからなのだろうか。
いや、違うような気がする。
あまりにも普通で違和感のない彼女の雰囲気から、それは日常的に行われていたのだろうと思った。


「ご主人様のお弁当、今日はハンバーグやなー
美味しそうやねー」


ご主人様の食べ始めたお弁当を見ながら、楽しそうな様子のやや。
私は彼女に訊ねてみることにした。


「ねえ、ややちゃん」

「んん?なになに?」

「ご主人様には私たちの声は聞こえないんだよね」

「うん、そうやよ」

「聞こえないのにお返事するのって、なんだか変じゃないかなぁって」


冷たいことかもしれないが、伝わらないなら意味がないのではないかと私は思う。
それに何より、聞こえないのにずっと話しかけ続けるのは寂しいじゃないか。
私だったらきっと、寂しくて耐えられないだろう。


「あはは!まぁ、そうやね。
そうなんやけど」


ややは何が面白いのか、楽しそうに笑う。
続きを遮るように、弁当を食べていたご主人様が口を開いた。


「なんだなんだ、二人で内緒話か?」


私はおそらく、今日一番驚いたと思う。
聞こえていないはずのご主人様が突然会話に参加してきたのだ。驚かないわけがないだろう。
その様子を見ていたややは先ほどよりも楽しげに声に出して笑い、続けた。


「ご主人様が急に話しかけるからゆうみちゃんびっくりしてるで!
にしても、ゆうみちゃん驚きすぎやよ」

「だ、だって!えっと、あれ?
ご主人様には聞こえてないんだよね?」


私は状況が飲み込めず、狼狽してしまっていた。


「そうやで、聞こえてないんやで。
でもなんでか時々こうやって、話してるってわかってしまうんよねぇ。
言ったやろ、話せなくても通じ合ってるって。
さっすがご主人様やろ!」


ややが自慢げに鼻を鳴らす。


「こういうことがあるから、一人でも、聞こえてなくても、声をかけるんよ。
みやちゃんは聞こえないって言ってたし、いつも通じ合えるわけじゃないけど、時々こうやって噛みあうのが楽しいやろ?」


そう言って笑うややはとても達観した大人に見えた。
この関係を心から楽しんでいるのだ。


「そうだね、なんかいいね」


私は彼女の発言に同意した。


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