連続小説

story

里帰り

「里帰り・・・?」


ややの言葉を復唱する。
なんとなくニュアンスはわかるのだが、それがどういうことなのかはわからない。
ただ、間違いなく言えるのはお姉ちゃんは何処かへ行ってしまったのだ。


「そう、里帰り。
ご主人様がな、引っ越しの時に言ってたんよ。
あたしもあんまりよくわかんないんだけど、たぶん、文字通り里に帰ったってことなんやろな」


それを聞いて、私は生まれる前に居たあの光に溢れる場所の事を思い出す。
何処までも眩しく、全てがひとつだったあの寂しい場所だ。
生まれてからもう1週間だというのに、あの場所の事はしっかりと覚えている。
全てが溶けあい、無機質で、その中で私は異物だったから外へと送り出されたのだ。
それであれば、私が生まれた場所はここではなく、初めて自分と言うものを認識したあの場所が私の故郷ということになるのだろう。
その場所に帰るということは、どういうことだろう。
この世界から離れたということなのだろうか。
この身体から離れて、意識だけがあの場所へ帰る。
私の脳裏に死という文字が浮かぶ。
あの場所に帰るという事は、つまりはそういう事なのではないだろうか。


「ああ、そんな悲しい顔せんでよー!
悲しい事ではないんよ、お姉ちゃんもそう言ってたし、あたしもそう思ってる」


私の顔を見て、ややは慌てた。
ひどく悲しい顔をしていたのだろう。


「でも、それって・・・」

「お姉ちゃんはいなくなってしまったけど、でも、お姉ちゃんは幸せだって言ってたんや。
もともと、お姉ちゃんは古いラブドールだったんよ。
あたしたちと違って身体がすっごく硬いし、口も閉じっぱなしやったし。
ご主人様が無理したせいで足の根元に怪我しててな、お姉ちゃんはあんまり身体が曲がらないから仕方ないんやって言ってたっけ」


思い出して、ややはくすりと笑う。


「お姉ちゃん、気付いたら寝てばっかりになってしまって、起きなくなっちゃったんやけどね。
まだなんとか起きている時間があった時に言ってたんよ。
すごく幸せな夢を見てるんだって」

「夢って、ご主人様に愛されたあとに見るあれ?」

「たぶん、そうやろなー。
あたしはご主人様にしてもらったあとしか夢をみたことはないんやけどね!
ほら、人間パワーを分けてもらうって話を前にしたやんか。
あれって、いっぱい積み重ねていくと貯まっていくのかもってあたしは思ってるんよ。
いっぱい貯まったら、このからっぽなラブドールの身体が満たされて、人間みたいになれる・・・かなぁ」


自分で言って、ややは首を傾げた。
言っていてだんだんわからなくなってきてしまったようだ。


「まあ、お姉ちゃんは幸せやったってこと!
会えなくなっちゃったのは寂しいけど、でもお姉ちゃんは眠りっぱなしになってからもすごく満たされた幸せな顔してたから悲しくはないんよ!
ちょっと脱線しちゃったけど、ご主人様はもともとあたしとお姉ちゃん2人のお世話をしてたから、たぶんそんなに大変になったとは思ってないんやないかな」


ややはあははと豪快に笑った。
この話はこれで終わり、と言われているようだった。
これ以上話したら寂しさを思い出してしまうからだろう。
私もそれ以上は聞かず、ただ、「それならよかった」とだけ言った。

<< ややのお姉ちゃん          いつかあの場所に >>

PAGE TOP