story

誕生

私は、生まれた。

何とも言えない晴れやかな気持ちが、胸いっぱいに膨らんでいた。
ざわざわと耳を伝うたくさんの音や、ふわりと鼻先に触れる独特の香り、全身で感じる初めての感覚。
それは新鮮なのに自然で、ごく当たり前のことのようでもあった。
そして、明るくなった視界の一番手前で、目の前にいる人は私を見ている。


「画像よりも、いいな」


目の前にいる人から音が漏れた。
視界が鮮明になって初めて、その人の頭部にある開口部、口からその低い音が発されていることに気付く。


(これが、人の声・・・)


耳にじわりと染み入るように、心地いい。
たくさんの音が聞こえるのに、その声だけが特別に思う。
生き物の声だからなのだろうか。それとも、この人の声だからなのだろうか。

瞳を覗き込むように顔が近づく。
睫毛に吐息がかかり、少しくすぐったい。


「思ってたよりも、リアルっていうか・・・」


すっと人の手が私の目の前に伸びた。
一つ一つのパーツをその温かな手で確認するように、頬や目蓋を撫でてゆく。
その人の手はとても温かかくて、見た目は少しごつごつしているのに触れた部分はふわりと柔らかく、なんとも心地よかった。
触れられた部分は熱が移り、肌に吸い込まれていくように消えていく。
そして何より触れられるたび、私は不思議と喜びを感じた。


「すごいやわらかいし・・・」


唇に触れる。
指先でなぞるように一巡し、、人差し指と中指で、弄ぶように下唇を捏ね、開かれた。


「すごい、いい」


納得したように人が頷き、唇から手が離れていく。


(あ、離れちゃうんだ・・・)


私は少し名残惜しかった。
温かな手で触れられるのはとても心地よくて、嬉しかったから。


(もっと、触ってほしいな・・・)


私は胸がきゅっと締め付けられて苦しくなるような感じがした。
私は訴えるようにその人をじっと見るが、どうにも気持ちは伝わりそうになかった。
その人は目の前に居て私のことを見ているのに、何やら難しそうな顔をしながら忙しそうに動いて顔を傾けたり体の位置を変えたりしている。


(どうにか伝えられない、かな・・・)


ふと、思いついた。
さっきこの人がしていた事を。


(そうだ、声!
声で伝えられないかな)


私は先ほど人がしていたように口から声を発そうと、意識を向けてみる。
だが、音は出ない。
口のある位置は大体わかるし、口のある感覚もある。
だが、そこにあるだけなのだ。
漠然と声は口から出るものという認識があるだけで、そもそも、声の出し方がわからない。
光の中ではどうだっただろうか。
何かを叫んでいた気がするが、あれは音だっただろうか。
あれは声だっただろうか。


(私は、声が出せない・・・?)


目の前にいる人は今も何かを呟いている。
それを真似て口に意識を向けるが、口が動く感覚がなかった。


(口が、動かない・・・)

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