連続小説

story

ツボ

「あたしはそうでもないかなぁ。
知っても知らなくても変わんないやろ?」

「うーん、まぁ・・・そうだけど」

「ゆうみちゃんは乙女やからねー、あはは」


どうしてそこで乙女という言葉が出てくるのはわからないが、ややは楽しそうに笑った。
またからかわれているのかもしれない。
乙女なんて、褒め言葉ではないことは確かだ。
ここはひとつ、抗議をしなければいけないだろう。


「もう、乙女ってどういう・・・」

「ん?」


廊下から微かに聞こえた洗面所のドアが開く音に私たちは言葉を止めた。
きっとご主人様のシャワーが終わったのだ。
私たちはすっかりお喋りをやめ、ドアの向こうの音に集中する。
いつだってこの瞬間はなぜだかとても嬉しいのだ。
向かいに居るややもきっと同じ気持ちだろう。
にこにこしながらじっとドアを見ているから。


「ただいまっと。
うお・・・っとそうだった、ごめんごめん立ちっぱなしだったな」


戻ってきたご主人様は私を見るなりぎょっとしたような声を上げて目を丸くした。
どうやらそのままにしていた事を忘れてしまっていたようだ。


「ご主人様がそのままにして行っちゃったのに」


私がぼやくとややがけたけたと笑いながら「そうやな」と言った。
ややはすっかり何かがツボに入ってしまったようだ。
ひーひー言いながら涙を流さんばかりに笑っている。
笑い過ぎて声になっていないが、しきりに「顔が」と言っているようだ。
さっきのご主人様の顔のことだろう。
驚かれたということに気を取られてしまったが、確かにさっきの顔は面白かった。
まるで飛び出ちゃいそうなくらいすっごく目が開いていたし、すごい勢いで2回も私のことを見るんだもの。
思い出すとなんだか私も面白くなってきてしまい、つい吹き出してしまった。
ややのように涙を流すほどではないけれど。
ご主人様を前にしてご主人様の顔で笑うなんて失礼だと思ったけれど、抑えられるものではかった。


「ええっと。
とりあえず一旦座ろうか」


ご主人様はばつが悪そうな苦笑いを浮かべながら、私に近付くと腰に手を当てた。
近くでご主人様の普通の顔を見ると、さっきの顔を思い出して比べてしまいまた笑ってしまいそうになる。
ややは我慢するつもりなんて全くないようで、ちらりとご主人様の顔を見ては息も絶え絶えになる程笑っていた。
もういい加減収まっても良い頃だろうに、ツボに入ると止まらなくなってしまうらしい。
ややの笑い声を聞いていると、せっかく我慢しているのに釣られて笑ってしまいそうになる。
私はご主人様の手でいつもの座椅子に座らされながら、顔に力を込めて笑うのを必死で堪えた。
頬がプルプルと震えるようだ。
私の顔を見て、ややが吹き出した。
きっと私、変な顔をしているのだろうと思う。

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