story

疲れたか?

有るのか無いのかわからない顔の筋肉がこんなにプルプルするんだもの。
きっとこのプルプルしている頬や口の周りがおかしなことになってしまっているのだろう。
どういうふうに可笑しいのかは想像がつかない。
しわしわなのかもしれないし、引き攣っているのかもしれない。
私が見たことのある通常の私の顔を想像の中で歪めて見るけれど、まるで靄が掛かったみたいに不鮮明になるのだ。
きっと、私の想像力が足りないからだろう。
自分がどんな顔をしているのか見てみたいと思った。
鏡があれば良かったのに。


「さて、と」


座椅子に私を座らせたご主人様は一度テーブルから離れて台所からペットボトルを持ってきた。
たまに夜ご飯の時や風呂上りにお酒を飲むことがあるけれど、これは普通のお茶みたいだ。
ご主人様は立ったままそれを一口飲んで、それから自分の場所に座ると置きっぱなしだったスマートフォンを手に取って忙しく画面を操作する。
その頃にはややの笑いも治まり、私の顔もすっかり元に戻っていた。
さっきまであんなに可笑しかったのに、今となってはどうしてあんなに可笑しかったのか不思議なくらいだ。
ややなんてまるで何もなかったようなすまし顔をしている。
沢山笑ったからか、なんだか生き生きとして肌艶が良くなったようにも見えた。
対して私はずっと笑うのを我慢して顔に力を入れていたからだろう、顔全体が何だか重怠い感じですごく疲れを感じていた。
なんとなくご主人様もそれを感じとったのだろう。


「なんかさっきより暗い顔してる気がするな。
電気か・・・?
あー、立ちっぱなしで疲れたか?」


なんて言って、私を心配してくれた。
もっとも、立ちっぱなしだったことは何も負担にはならなかった。
基本的に自分の意思で何かをしようとする以外は疲れないみたいで、立ちっぱなしは足の裏が床に着いているという感覚は在れどそれが疲れたとは思わなかった。
短時間だったからという可能性もある。
もっと長く立っていたら、足が疲れるのかもしれない。
まだそれは体験したことがないからわからないけれど。
今まで気疲れはあったけれど、こんな風に身体が疲れるというのは初めてかもしれない。
そう考えるとなんだか不思議な感じがした。
だって、実際には。私たちが見ている実際の世界ではなくて、ご主人様の見ている実際の世界では。
ご主人様が見ている私は動いていないのに、私は表情を動かして、疲れているんだもの。
そんな根本的に離れた所にいるのに、当たらずとも遠からずだけれど、私たちの様子なんてわからないはずのご主人様が気付いてくれたことはとても嬉しかった。
今の私はご主人様のその気遣いにすっかり口角が上がってしまっている。

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