story

腕まくり

帰ってきたご主人様は夜ごはんを食べ、それを片付け終えると腕まくりをして部屋を出て行った。


「これは、もしかして!もしかするかもしれん」


その様子を見ていたややはテンションが上がった様子でそう言った。


「何がもしかするの?」


全く状況が理解できない私は首を傾げる。
ここまでの流れで何か特別なことがあっただろうか。
強いて言えば腕まくりをしたことだろうか。
ご主人様のご飯はお弁当のため、洗い物は出ない。入れ物を捨てるだけだ。
今までそのためにわざわざ腕まくりをしているところなど見たこともない。
何か別の理由があるはずだ。
ややはその理由に心当たりがあるようだった。
彼女の様子からして、それはとても楽しくてわくわくすることのようだ。
いつも楽しそうではあるがそれ以上で、いつも以上に目を煌めかせながら抑えきれないと言った様子である。


「そりゃもち、お風呂やん!
きっとご主人様は準備に行ったんやで!
腕まくりしてたし!」


ややは嬉しそうにそう言ったが、私は何がそんなに嬉しいのかわからなかった。
お風呂がそんなにいいことなのだろうか。
というか、ご主人様のお風呂が私たちに何か関係があるのだろうか。
私はまだ、ご主人様がお風呂に行くということをまだ体験したことがない。
というのも、ご主人様は基本的にいつもシャワーなのだ。
夕飯を食べ終えると部屋を出ていくが私は連れて行ってもらえたことはないし、ややも私と同じく昼間ご主人様が出かけている時同様、ご主人様が戻るまでこのお部屋でお留守番なのだ。
お風呂とシャワーは何が違うというのだろう。
どちらも身体を洗いに行くのだから、違いはないのではないだろうか。
というか、お風呂だと湯船に浸かる時間がある分シャワーより長くかかってしまい、私たちにとってはご主人様を待つ時間が増えるということだから、良くないのではないだろうか。


「お風呂かぁ。
お風呂だと何かいいことがあるの?」


私はややに訊ねる。


「あったりまえやん!
お風呂はええよ、だって、一緒に入れるし気持ちいいしほかほかやし」


ふにゃふにゃと口元を綻ばせうっとりとした表情でややは言った。
その瞳には恍惚と熱いものが宿っており、ほんのり頬が上気したように見える。
まるで今まさにお風呂に入っているような、そんな夢の中に居るようだ。


「えっ!一緒に入れるの!?」


彼女の言葉に私は思わず声を上げた。
当然だと思っていた事がそうではなかった衝撃は大きい。
私の声に対しややは面食らったように目を丸くする。
面食らったのは私の方なのだが、そのせいで意外と大きな声になってしまったようで、お風呂の思い出の中に居たややは突然現実へと引き戻されたらしい。

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