story

嘘の自分

狭い室内を小さな照明が煌々と照らしていた。
白く霞掛かる室内はどこか現実ではない様な、不思議な場所に見えた。
居間や寝室とはまったく異なる空間だ。


(ここが浴室かぁ。
なんだか思ってたより狭い、かも)


人が何人も入れるような大きな浴室を想像していたわけではないが、目の前にあるその空間はさほど広くなく、大人一人入るのがやっとというくらいの大きさのなみなみとお湯が張られた浴槽と、それより少し広いかなという位の洗い場だけのシンプルなものだった。
ご主人様は私を抱えると、浴室の扉を閉めた。
閉ざされた室内はやはり二人立っているには狭く、身体が先ほどから密着している。
じっとりと湿り気を帯びたご主人様の身体がまるで吸い付いてくるように私の表皮に絡みつくのがなんだかいやらしくて、私は少し恥ずかしかった。
湯気のせいか、お布団で絡みあう時よりも濃厚なスキンシップに思える。
ご主人様はそんなことなど気にした様子はなく端に避けてあった椅子を洗い場の中心やや奥まで移動させると、私を座らせた。
椅子に座るとご主人様の身体が離れ、私はほっとする。
なんだか熱いような、ドキドキするような、変な気分になりかけていたから。
座らされた椅子の真正面には鏡があった。
ちょうど私はその鏡と向かい合うような形になる。
ご主人様の方が鏡が必要なんじゃないだろうかと思うが、何故か私が前だった。
曇り止めが施されているのか鏡は鮮明にこちらを映している。
素裸で自分と向き合うというのは、とても不思議な気分だった。


(なんか私の顔って、変・・・?)


鏡の中の私は何故か困ったような複雑そうな表情だった。
こんなに楽しんでいるのに、どうしてそんな顔をしているのだろう。
私は微笑んだり口を尖らせたりしてみた。
しかし一向に鏡の中の私の顔は変わらない。


(まぁ、当たり前って言えば当たり前なんだけど)


鏡に映っている自分はラブドールなのだから。
そういうものなのだということは知っているのだ。


(鏡ってなんだか嫌だなぁ)


まるで嘘の自分を映されているような感覚になる。
私の中の私はもっといろいろな表情をするし、にっこりだってするんだから。
私は鏡を見るのをやめた。
替わりに周りを見るとご主人様らしく几帳面に石鹸やシャンプーなどのボトルやボディタオルなんかが並べられている。
むわりとした湿度の中に初めて嗅ぐお風呂場の香りに私は心を躍らせた。
爽やかな洗剤の匂いの中に微かに嗅ぎ慣れた石鹸とフローラルなシャンプーの香りがする。
これは夜眠る前のご主人様からする匂いだ。
この匂いを嗅ぐと、何故だかご主人様とぎゅーっとしたくなるのだ。


「さてと」


私の後ろでご主人様が動いた。
一度離れた離れた身体だが、背中に覆いかぶさるようにご主人様が重なる。
頭の横から前へと手が伸びて、私は思わずどきりとした。

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